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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)1019号 決定

控訴人(申立人)(原告) 大塚義一 外二名

被控訴人(被告) 神戸市

被申立人 兵庫県

主文

被申立人が控訴人と被控訴人との間の本件訴訟を引き受けることを命ずる。

理由

申立人の本件訴訟引受申立の理由は別紙記載のとおりである。記録によると、控訴人三名は神戸市警察職員であるところ、神戸市警察局長が神戸市警察局懲戒委員会の決定勧告に従つてした控訴人大塚義一に対する昭和二五年六月八日付、控訴人森脇数富同宮崎孝司に対する同月六日付の各懲戒免職の処分はいずれも無効であるとして昭和二七年一一月一〇日神戸市を被告として神戸地方裁判所に本訴を提起しその無効確認を求めたが、その請求を棄却せられ当裁判所に控訴を提起したものであることが明白である。

ところが昭和二九年法律一六二号警察法(以下新警察法という。)が昭和二九年七月一日から施行され、その内市警察部に関する規定等は昭和三〇年七月一日から施行された(附則一項)。申立人の引用する新警察法附則一六項(昭和三〇年政令七九号市警察の廃止に伴う経過措置に関する政令((以下政令という。))六条も同様。)は、引き続き警察職員となつた者に対し昭和三〇年七月一日前の事案についてまだ懲戒処分がなされておらず右日後懲戒処分を行うこととなるときは、その者のその後の任命権者が懲戒処分を行うものとするが、右日前既になされた懲戒処分に関しては、なお従前の例によることを定めたものであり、申立人の引用する新警察法附則一七項(政令七条も同様)は昭和三〇年七月一日前に警察職員に対し行われた不利益処分に関する説明書の交付、審査の請求、審査及び審査の結果執るべき措置に関しては、なお従前の例によることを定めたものであつて、右各法条は申立人の主張するように、昭和三〇年七月一日当時未解決の警察職員に対する懲戒処分等の不利益処分は一切これを新警察法の下における任命権者の処分に委ねた法意であると解することは相当でない。

しかしながら、新警察法附則一〇項、一項、政令三条によると、神戸市の警察の職員である者は、別に辞令を発せられない限り昭和三〇年七月一日から兵庫県の県警察の職員となるものとされている。控訴人は控訴人に対してなされた懲戒免職の処分が無効であることを主張するものであり、もし右処分が控訴人主張のとおり無効とすれば、控訴人は依然神戸市の市警察の職員の身分を失わないこととなり、新警察法の施行に伴い当然兵庫県の県警察の職員の身分を取得したことになるものといわなければならない。元来行政処分無効確認訴訟は、行政処分の違法を攻撃してその無効を確定する点において、行政処分の取消変更を求める訴訟と共通の性質を有するものであるが、行政処分無効確認訴訟はいわゆる当事者訴訟であつて、現在における権利又は法律関係の帰属主体である国又は公共団体を被告として訴を提起することができる。(もつともその行政処分をした行政庁を被告としても差支はない。)ところで民訴法七四条一項にいわゆる訴訟の目的である債務の承継とは現に審判の対象となつている訴訟物である権利又は法律関係の主体に変動を生じた場合を指すものといわなければならない。その承継の原因態様について何等制限を設けていないから、主体の変動が法律行為による場合に限らず本件のように警察法の改正という法律の規定に基く場合を含むものである。また一般承継に原因する場合を除くべきものであるが、本件の場合神戸市と兵庫県との間に一般承継があつたものということはできない。

行政処分の取消変更を求める訴訟又は行政処分無効確認訴訟の係属中国又は公共団体の甲の行政庁がその処分について権限を有しなくなりその国又は公共団体の乙の行政庁がその権限を有するに至つた場合、乙の行政庁が甲の行政庁を被告とする訴訟を承継すべきものであるが、本件のように権利又は法律関係の主体が一の公共団体から他の公共団体に変動を生じた場合はこれと同一に論ずることはできない。

以上の説明で明らかなとおり、被申立人兵庫県は控訴人と被控訴人との間の訴訟の目的である債務を承継したときにあたるから、本件訴訟の引受けを求める申立人(控訴人)の申立は正当である。そこで主文のとおり決定する。

(裁判官 熊野啓五郎 坂速雄 岡野幸之助)

申立の理由

申立人等は元神戸市警察に奉職していたところ神戸市警察局長は昭和二十五年六月中法規を無視し同人等を懲戒免職処分に附したので申立人等は神戸地方裁判所に提訴して其の不法を争い同訴訟は昭和二十七年(行)第二十一号懲戒免職取消請求事件として繋属審理の結果申立人等の請求は棄却されたので申立等は大阪高等裁判所に控訴御庁に繋属中である

然るところ右提訴当時の警察法即ち昭和二十二年法律第百九十六号は昭和二十九年法律第百六十二号により全面的に改正せられ神戸市自治警察は昭和三十年六月三十日限り消滅し同警察事務は兵庫県に移管された

而して新警察法附則第十六項同第十七項等の法意より推せば旧警察法施行当時より引続き未解決になつている警察職員に対する不利益処分事案は挙げて之を新法下に於ける任命権者の処分に委ねる趣旨であると解すべく従つて本件も又旧法下に於ける処分ではあるが係争の侭新法下に持越されている事案であるので之亦又未解決事案の一として右の趣旨に則り最終的解決がなさるべきものと思う只だ本件は行政処分の無効を主張するものであるから権利又は法律関係の存否を争うに帰着して処分の取消又は変更を求める訴とは其の種類を異にする

従つて被告の地位に立つべき者は処分庁たる兵庫県警察本部長でなく権利主体たる兵庫県であると思う

以上の理由により本件に於ては兵庫県を相手方として訴訟を継続すべきものと解せられるので申立人は民事訴訟法第七十四条の法意に基き第一審の被告たりし神戸市を本訴より脱退せしめ代りに兵庫県をして同訴訟を引受けしめられ度本申立に及ぶものである

陳述書

申立人  大塚義一 外二名

被申立人 兵庫県

昭和三〇年(ネ)第一、〇一九号懲戒免職取消請求控訴事件に係る審訊に対し被申立人は、次のとおり陣述する。

陣述の趣旨

本事案については、兵庫県は、被告たる適格を有しない。

陣述の理由

第一点 申立人は、警察法(昭和二十九年法律第百六十八号。「以下新警察法」という。)附則第十六項同第十七項等(この場合の根拠規定は、市警察の廃止に伴う経過措置に関する政令(昭和三十年政令第七十九号。以下「政令」という。)第六条及び第七条とすべきが正当と思われる。)の法意より推して旧警察法施行当時より引き続き未解決になつている警察職員に対する不利益処分事案は、挙げてこれを新警察法下における任命権者の処分に委ねられたものであると解釈し、本事案もまた旧警察法下における処分ではあるが、係争のまゝ新警察法下に持ち越されている事案であるから、右の解釈等により兵庫県を被告とし訴訟引受をなさしめようとするものである。しかしながら新警察法附則第十六項及び第十七項並びに政令第六条及び第七条の規定は、申立人が主張するが如き解釈は成り立ち得ないものである。即ち新警察法附則(政令第六条)第十六項を本事案にあてはめて分析して解釈すると

(1) 新警察法の施行後一年を経過した際神戸市の市警察の職員から引き続き警察職員となつた者であること。この法律要件に着目すれば、申立人は、あくまで当該処分の無効を主張するけれども、この種行政処分は、権限のある行政庁又は裁判所において、当該処分が違法であるから取消若しくは変更又は無効であるとの裁決又は判決のあるまでは、常に当該処分の効力が有効なものであると推定を受けるものであり、従つて新警察法の施行後一年を経過した際神戸市の市警察の職員から引続き県警察の職員になつた者とは解釈できない。

(2) 前記(1)を前提として、即ち新警察法の施行後一年を経過した際神戸市の市警察の職員から引き続き県警察の職員となつた者の懲戒処分に関するものであること。なおこの場合その取扱については、「なお、従前の例による。」としたこと。この場合同項に規定する「懲戒処分」の概念の中には、当然(1)を前提とする限り、懲戒免職処分は含まれないと解釈できる。この場合において仮りに当該処分が含まれると解釈したとしても「なお、従前の例による。」ことが排除されるものと解することは、失当であると思われる。即ち同項後段において「この場合において法律の施行後一年を経過した日後懲戒処分を行うこととなるときは、当該懲戒処分に係る者の任命権者が懲戒処分を行うものとする。」と規定しており、この法意は、新警察法施行後一年を経過した日前までに既に懲戒処分を行つたものについては、なお、従前の例によるものであつて、たゞ新警察法施行後一年を経過した日前までに生じた懲戒処分に価する事案について新警察法施行後一年を経過した際懲戒処分が行われていないものであり、かつ、新しくその処分権者となつた者が、懲戒処分を行うことが適当であると判断した場合には、その者の任命権者(本事案の場合は、兵庫県警察本部長)が、懲戒処分を行うこととなることを注意的に規定したものであり、本事案については、既に旧警察法当時懲戒処分が行われたものであるから、本項の規定をもつて兵庫県が被告としての適格を有するものとすることは、当らない。

第二点 申立人は、新警察法附則第十七項の規定についても、前記第一点と同様、旧警察法施行当時より未解決となつている警察職員に対する不利益処分事案は挙げてこれを新法下における任命権者の処分に委ねられたものであると解釈しているものであるが、本項は、旧警察法当時警察職員に対し行われた不利益処分に関する説明書の交付、審査の請求、審査及び審査の結果執るべき措置についての取扱いを規定するものであり、これらについて「なお、従前の例による。」としたのは、新警察法施行に伴つて当該不利益処分を受けた者が新たに所属することとなる新任命権者にかかる地方公共団体の不利益処分に関する条例等の規定の適用を排除すると共にその不利益処分裁決庁をも従前の裁決庁として規定したものである。従つて本項についても、申立人の理由は、全く当を欠くものと言うべく、本規定を拡張解釈すべき何等の理由も存しないと考える。

第三点 申立人は、「本事案が、行政処分の無効を主張するものであるから権利又は法律関係の存否を争うに帰着し処分の取消又は変更を求める訴とはその種類を異にする。従つて兵庫県が被告適格を有する」と主張するものであるが、この点について考えるに、無効確認訴訟が、過去における行政処分の無効の確認のみを請求するものとすれば、何等その実益がないものと考えられる。従つて無効確認として争う場合は、本事案について言えば、神戸市警察職員の懲戒免職処分が無効であるから、その無効を理由として、当該職員の身分地位の確認を求める等具体的訴訟物が問題となると考えられる。即ちこれを逆に言えば、公務員の免職処分の無効を理由として公務員の身分地位の確認を求め、その先決問題として行政処分の無効そのものを無効確認訴訟の形で争うものであると考えられる。このことは行政事件訴訟特例法が現在の訴願前置主義をとつたことに種々無理な点があり、その短い期間の制限に服して、それを徒過すれば争いえないということでは、実際的には、原告等の利益保護についての最小限度の保障が確保されないではないかという考慮から認められたものと解せられ、この様な見地から見ても明かであり、如何なる場合であつてもこの種無効確認訴訟を認められるものであると解すべきでなく、仮りに無制限に許容されるものであるとすれば、もはや行政事件訴訟特例法第二条及び第五条の規定は、無意味な存在となる。かく考えるとき、無効確認訴訟は、最初から具体的な本案について争い、その先決問題として行政処分の無効を主張する場合にのみ認められるべきものであり、本事案については、無効確認訴訟は、認められないものと考えられ、従つて、兵庫県を被告としての適格を有するものとは、言えない。

第四点 第三点で陣述した様に行政処分の無効確認訴訟は、行政処分の無効を理由として本案を争うものであるから、仮りに、申立人が当該処分を無効としてその損害賠償を求める訴であると解した場合は、当然に神戸市を被告とすべきであり、また仮りに、当該処分を無効として警察職員の身分地位の確認を求めるものであると解しても、その訴の本案は、申立人に係る警察職員の身分地位についての確認を求めるものであるから、当然それらについての人事権を有する行政庁に対して行われるべきであり(しかし、この場合においても、第一次的には、神戸市とすべきであつて、無効確認訴訟が現在の権利ないし法律関係の存否について争うものであるが、この場合神戸市を被告として争つた結果、その確認判決の結果を、新警察法附則第十項及び政令第三条の規定により、兵庫県警察本部長の権限にまで及ぶものと考えられる。)かつまた、仮りに、本案として給与の支払請求を求める訴である場合であつても、第一次的には、当該訴訟に関し、最も利害関係の密接な神戸市に対して行われるべきであつて、兵庫県としては、被告としての適格を有しないものと考えられ、むしろ、訴訟の結果につき利害関係を有する第三者として補助参加人として訴訟に参加することが、妥当であると考えられる。

(附属書類省略)

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